明るい人がしている人に好かれる方法は、○○をわすれないこと

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人に好かれる方法2:笑顔をわすれない

笑顔をわすれないことも、人に好かれる方法の一つです。

カーネギーによれば、動作はことばよりも雄弁であり、微笑は、「わたしはあなたが好きです。あなたのおかげでわたしはとても楽しい。あなたにお目にかかってうれしい」と語っているのです。

「笑顔は好意のメッセンジャーだ。受け取る人々の生活を明るくする。しかめっ面、ふくれっ面、それにわざと顔をそむけるような人々の中で、あなたの笑顔は雲の間からあらわれた太陽のように見えるものだ」とカーネギーはいっています。

ある日、デール・カーネギーは、大勢の実業家に、目を覚ましているあいだは毎時間一回ずつだれかに向かって笑顔を見せることを一週間つづけ、その結果を講習会で発表するように提案したことがあります。

以下は、人に好かれる方法として、それがどういう効果をもたらしたかについて書いた、ニューヨーク株式場外仲買人ウィリアム・スタインハートの手記です。

人に好かれる方法の事例1:ニューヨーク株式場外仲買人の笑顔の効果

わたしは結婚して十八年になるが、朝起きてからつとめに出かけるまでのあいだに、笑顔を妻に見せたこともなく、また二十語としゃべったためしもない。世間にもめずらしいほどの気むずかし屋でした。

先生が笑顔について経験を発表せよといわれたので、こころみに一週間だけやってみる気になりました。で、その翌朝、頭髪の手入れをしながら、鏡に映っている自分の不機嫌な顔にいいきかせました。

「ビル、今日は、そのしかめっ面をよすんだぞ。笑顔を見せるんだ。さあ、さっそくやるんだ」。

朝の食卓につくとき、妻に「おはよう」といいながら、にっこり笑って見せました。

相手はびっくりするかも知れないと先生はいわれましたが、妻の反応は予想以上で、非常なショックを受けたようです。

これからは毎日こうするんだから、そのつもりでいるようにと妻にいいましたが、事実、今では二ヵ月間それがつづいています。

わたしが態度をかえてからのこの二ヵ月間、かつて味わったこともない大きな幸福が、わたしたちの家庭におとずれています。

今では、毎朝出勤するとき、アパートのエレベーター・ボーイに笑顔で「おはよう」とことばをかけ、門番にも笑顔であいさつするようになりました。地下鉄の窓口でつり銭をもらうときも同様。取引所でも、これまでわたしの笑顔を見たこともない人たちに、笑顔を見せます。

そのうちに、皆が笑顔をかえすようになりました。

苦情や不満を持ちこんでくる人にも、明るい態度で接します。相手のいい分に耳を傾けながら笑顔を忘れないようにすると、問題の解決もずっと容易になります。

笑顔のおかげで、収入は、うんとふえてきました。

わたしはもうひとりの仲買人と共同で事務所を使用しています。彼のつかっている事務員の一人に、好感のもてる青年がいます。笑顔の効きめに気をよくしたわたしは、先日その青年と人間関係についてわたしの新しい哲学を話しました。すると彼は、わたしをはじめて見たときはひどい気むずかし屋だと思ったが、最近ではすっかり見なおしていると、正直に話してくれました。わたしの笑顔には人情味があふれているそうです。

また、わたしは、人の悪口をいわないことにしました。

悪口をいうかわりに、ほめることにしています。

自分ののぞむことについては何もいわず、もっぱら他人の立場に身をおいて物ごとを考えるようにつとめています。

そうすると、生活に文字どおり革命的な変化が起りました。

わたしは以前とはすっかりちがった人間になり、収入もふえ、交友にもめぐまれた幸福な人間になりました。

人間として、これ以上の幸福はのぞめないと思います。

カーネギーは、笑顔を忘れないことが人に好かれる方法の一つであることを示した、スタインハートの例は別段めずらしいものではなく、同様の例は数えきれないほどである、と書いています。

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人に好かれる方法の事例2:信長、秀吉、家康の性格

『関ヶ原』で、司馬遼太郎は「笑顔」という表現は使っていませんが、笑顔を連想させる「快活さ」と言う言葉を使って、秀吉の人気の高さを説明しています。つまり、戦国時代の武将の中で、人に好かれる方法を最もよく知っていたのは秀吉だったことを示唆しています。

以下は、性格で比較した司馬遼太郎による信長、秀吉、家康の人物評です。

・・・信長の場合は二十過ぎのころから、

「仕えにくきひと」

という評判がすでに近国にあり、かれの三十前後のころ、ある僧を文官としてまねこうとしたところ、その僧はことわって城下を去った。「上総介(かずさのすけ)(信長)殿は気心(きごころ)のむずかしい人である」というのがその理由だった。

秀吉は底抜けに快活であった。かれは自分のそういう持ち味を知りぬいており、ときには自分の快活さをとくに演出して人心の収攬(しゅうらん)に使った。

家康の性格には、信長や秀吉のような鮮烈な色彩感はない。どちらかといえば、くすんだ渋味のある中間色である。もともと機嫌の変化の少ない性格であったが、彼自身もそうあろうと努めていた。まれに不機嫌になったり家来を叱(しか)ったりするが、すぐ後悔し、感情を平衡にもどすことに努力した。

信長や秀吉には終生小児のようなところがあり、うれしければ激しく燥(はしゃ)いだが、家康はうまれついての大人のようなところがあった。厚味のある微笑をたたえている、という程度の状態が、この男の心境が楽しさで波立っているときであったろう。

以上のように、戦国時代の英雄の三人の中で、最も人に好かれる方法を知っていたのは秀吉だと思われます。「秀吉は底抜けに快活であった」という表現は、秀吉が常に笑顔をわすれなかったことを示唆しています。

まとめ

いかがでしょうか?

「笑顔を忘れない」ことが、人に好かれる方法としていかに重要であるかが分かりますよね。

普段、しかめっ面のわたしにとって、「笑顔は好意のメッセンジャーだ。受け取る人々の生活を明るくする。しかめっ面、ふくれっ面、それにわざと顔をそむけるような人々の中で、あなたの笑顔は雲の間からあらわれた太陽のように見えるものだ」というカーネギーの言葉は痛いですね。

また、デール・カーネギーから、「目を覚ましているあいだは毎時間一回ずつだれかに向かって笑顔を見せることを一週間つづけ、その結果を講習会で発表するように提案」されたスタインハート氏の生活が一変したことは印象的ですね。

性格で比較した司馬遼太郎による信長、秀吉、家康の人物評で、快活で笑顔を絶やさなかったであろう秀吉が一番人に好かれていたことを考えると、「笑顔を忘れない」ことが人に好かれる方法の一つであることは、日本でもアメリカでも同じなんだなーと思いますよね。

賢人の言葉:人に好かれる方法としての「笑顔」

笑顔は好意のメッセンジャーだ。受け取る人々の生活を明るくする。しかめっ面、ふくれっ面、それにわざと顔をそむけるような人々の中で、あなたの笑顔は雲の間からあらわれた太陽のように見えるものだ。(デール・カーネギー)

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