歳をとると苦手になる、人に好かれる方法は、○○を覚えること

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この記事では、カーネギーの「人に好かれる方法」の中から、「名前を覚える」ことを取り上げ、事例をまじえながら説明しています。事例には西洋における現代の事例と、日本の戦国時代の事例を使うことによって、カーネギーの法則が時間と空間を超えて通用するのかも検証しています。

人に好かれる方法3:名前を覚える

 

あなたは、人の名前を覚えることが得意ですか? 実をいえば、私は得意ではありません。

しかし、このことは良い人間関係を築くうえでの掟に背いています。なぜなら、人の名前を覚えることは、一番簡単な人に好かれる方法だからです。

カーネギーによれば、人間は他人の名前などいっこうに気にとめませんが、自分の名前になると大いに関心をもちます。

従って、「自分の名前を覚えていて、それを呼んでくれるということは、まことに気分のいいもので、つまらぬお世辞よりもよほど効果がある。逆に相手の名前を忘れたり、間違えて書いたりすると、厄介なことが起きる」のです。

人に好かれる方法に係る事例1:鉄鋼王アンドルー・カーネギーの名前を使った人心収攬術

『人を動かす』では、人間の自分の名前に対する関心の高さを示す事例として、アメリカの鉄鋼王アンドルー・カーネギーの人に好かれる方法に関する興味深い話が載せられています。

まだスコットランドにいたころの少年時代、ある日、彼は、ウサギをつかまえました。ところが、ウサギは腹に子を持っていて、まもなくたくさんの子ウサギが小屋いっぱいになりました。すると、えさが足りません。

しかし、彼には素晴らしいアイディアがありました。近所の子供たちに、ウサギのえさになる草をたくさん取ってきたら、その子の名を、子ウサギにつけるといったのです。この計画はみごとに当たりました。

後年、アンドルー・カーネギーは人間のこの心理を事業に応用します。

彼はペンシルバニア鉄道会社にレールを売り込もうとしていたときのことです。当時、エドガー・トムソンという人が、その鉄道会社の社長でした。

そこで、カーネギーは、ピッツバーグに巨大な製鉄工場をたて、それを「エドガー・トムソン製鉄所」と命名したのです。その結果、彼は巨万の富を得ることになりました。

この鉄鋼王カーネギーの話は、人に好かれる方法として、相手の名前を使って、相手に重要感をもたせることがいかに大事であるかを語っているといえます。『関ヶ原』では、家康に名前を覚えられていることを知って、感激する一武将のことが載っています。

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人に好かれる方法に係る事例2:家康に名前を覚えられた武将の感激

石田三成率いる西軍の基本戦略は、上杉が会津で挙兵し、家康の大軍を東にひきつけておいてそのすきに西で三成が兵をあげ、東西呼応して家康を挟み撃ちにするというものでした。

慶長五年六月十六日、家康は、上杉討伐を理由に大阪城を発します。家康は、まず伏見城に入り、家臣である鳥居彦右衛門と会談した後、翌十八日、伏見城を発して、大津城下につきます。

大津城は京極高次六万石の居城で、家康にとって重要な戦略要塞でした。三成が大阪で兵をあげ、東方の家康を討つべく伏見を陥して大挙東下する場合、この大津城がその東進をはばむ要塞になるはずでした。

以下の話では、名前を覚えることが人に好かれる方法としていかに効果があるかが描かれています。

家康は翌十八日朝、伏見城を発して、昼前には大津城下についた。

京極高次六万石の居城である。・・・

(高次の心だけはつかんでおかねばならぬ)

と家康はおもいつつ、隊列が大津城下にさしかかったとき、高次みずから京町口のそとまで家康を迎え出ていた。

「御昼食をさしあげたい」

と申し出、家康はよろこんで承諾した。

案内されて城内に入り、大広間で馳走(ちそう)をうけた。

昼食がおわったあと、家康は京極家の奥に入り、秀吉の側室だった松ノ丸殿に拝謁し、・・・・・・・

・・・・・

広間にもどり、家康は上段にすわった。

高次の重臣たちに謁をあたえるためであった。主人高次が、ひとりずつ紹介するうちに浅見藤右衛門という者の順番になった。

その名、きき覚えている。浅見藤右衛門とは、むかし賤ヶ(しずが)岳(たけ)の合戦で武功ひびきわたった者ではないか」

そのとおりであった。浅見は家康にまで自分の名を知られていることに感激し、声をあげて感動した。

家康は、他の重臣にもまんべんなく声をかけてやることを忘れない。

「みな、よき面魂(つらだましい)よ」

などと多弁なほどにしゃべり、座を変えて、高次と一時間ばかり密談し、そのあと機嫌よく城を辞した。

このように、家康は、賤ヶ岳の合戦で武功ひびきわたった者として名前を覚えていることを浅見藤右衛門に伝えます。そのことによって、浅見の自尊心をくすぐり、彼の心を捉えたのです。

浅見藤右衛門にとっては、家康が彼の名前を覚えてくれていたことは、家康が浅見の能力を認めていることを意味していたのでしょう。

家康は名前を覚えることが人に好かれる方法であることをよく知っていたのです。

このように、相手の名前を覚え、相手に重要感をもたせることは、欧米であろうが日本であろうが、また現在であろうが戦国時代であろうが、「いちばん簡単で、わかりきった、しかもいちばんたいせつな」人に好かれる方法であることがわかります。

まとめ

いかがでしたか?

人に好かれる方法として、名前を覚えることがこれほど効果があるということは、私を含め知らない人が多かったのではないでしょうか。

それにしても、アンドルー・カーネギーのウサギに近所の子供の名前を付けてやるやり方や、レールを売り込もうとしていた鉄道会社の社長の名前を立てたばかりの大きな製鉄工場に付けたやり方、等は人に好かれる方法としてアッパレとしか言いようがないですよね。

人に好かれる方法として、名前を覚えることが重要であるということについても、デール・カーネギーと司馬遼太郎は意見が全く一致していますね!

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