調査マンが得意な人に好かれる方法は、○○のありかを見抜くこと

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今回は、カーネギーの「人に好かれる方法」の中から、「相手の関心のありかを見抜く」を取り上げ、その重要性について事例をまじえながら論じます。

事例には、カーネギーの『人を動かす』から選んだ西洋における現代の事例と、司馬遼太郎の『関ケ原』から選んだ日本の戦国時代の事例を使うことによって、カーネギーの法則が時間と空間を超えて通用するのかも検証しています。

人に好かれる方法5:関心のありかを見抜く

カーネギーによれば、人に好かれる方法の一つは、相手が最も深い関心を持っている問題を話題にすることです。これは、相手に重要感を与えることと、相手の身になること、の応用原則の一つですね。

例えば、セオドア・ルーズヴェルトを訪ねた人たちは、だれでも彼の博学ぶりにおどろかされたといわれています。

ルーズヴェルトは、相手がカウボーイであろうと義勇騎兵隊員であろうと、政治家、外交官、その他だれであろうと、その人に適した話題を豊富に持ち合わせていました。

では、どうしてそういう芸当ができたのでしょう?

種をあかせば簡単です。ルーズヴェルトは、だれか訪ねてくる人があるとわかれば、その人のとくに好きそうな問題について、前の晩におそくまでかけて研究しておいたのです。

人に好かれる方法に係る事例1:ニューヨーク一流の製パン会社の場合

『人を動かす』では、この人に好かれる方法が商売にも応用できる一例として、ニューヨーク一流の製パン会社デュヴァノイ商会のヘンリー・デュヴァノイ氏の例がとりあげられています。

デュヴァノイ氏は以前からニューヨークのあるホテルに自社のパンを売り込もうと躍起になっていました。

四年間毎週、支配人のもとに足を運び続けました。支配人の出席する会合にも同席しました。そのホテルの客となって逗留もしてみましたが、それもだめでした。

ここに至って、デュヴァノイ氏は戦術を変えることにします。彼は、その後に取ったアプローチとその効果について、次のように述べています。

そこでわたしは、人間関係の研究をしました。そして、戦術を立てなおしました。

この男が何に関心を持っているか、つまり、どういうことに熱を入れているかを調べはじめたのです。

その結果、彼はアメリカ・ホテル協会の会員であることがわかりました。それもただ会員であるばかりでなく、熱心さを買われて、その協会の会長になり、国際ホテル協会の会長も兼ねていました。協会の大会がどこで開かれようと、飛行機に乗って野越え山越え海越えて出席するという熱の入れ方です。

そこで、つぎの日彼に会って、協会の話を持ち出しました。

反応はすばらしいものでした。彼は目をかがやかせて三十分ばかり協会のことを話していました。協会を育てることは、彼にとって無上の楽しみであり、情熱のみなもとになっているらしいのです。そのうちに彼は、わたしにも入会をすすめにかかりました。

彼と話しているあいだ、パンのことはおくびにも出しませんでした。ところが数日後、ホテルの用度係から電話があって、パンの見本と値段表を持ってくるようにとのことです。

ホテルに着くと、用度係が「あなたがどんな手を使ったのか知らないが、うちのおやじは、ばかにあなたが気に入ったらしいですよ」とわたしに話しかけました。

考えてもみてください。彼と取引したいばかりに、四年間も追いまわしていたのです。

もし、かれが何に関心を持っているか、どんな話題を喜ぶか、それを見つけだす手数をはぶいていたとしたら、わたしはいまだに彼を追いまわしていたことでしょう。

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『関ヶ原』でも、人に好かれるためには、相手の関心のありかを見抜くことがいかに重要であるかを示す例が多く載っています。ここでは、相手ではなく、自分の使命に最も関心を寄せる宣教師ロドリゲーの話を取り上げます。

人に好かれる方法に係る事例2:豊臣秀吉の関心を見抜けない宣教師

秀吉の病状が重いある日、宣教師ロドリゲーは病室での拝見をゆるされました。

しかし、彼は、秀吉の関心を見抜くことができず、秀吉の関心事ではなく自分の好むことを話題にしたために、秀吉の機嫌を損ないます。

以下の話は、人に好かれるためには、相手の関心のありかを見抜くことがいかに重要であるかを描写したものです。

秀吉の病状はいよいよ重い。

かゆ一杯ものどに通らぬ日が多く、すでに脂肪は失せ、筋肉(すじ)は枯れ、皮膚が黒ずみはじめてきた。餓死者の形相を呈してきている。このころ、とくに病室で拝見をゆるされていた宣教師ジャン・ロドリゲーは、

痩せおとろえた姿、ほとんど人間ではない。

と、法王庁に報告した。ロドリゲーは、渡日するまでに、日本学を研究し、とくに秀吉については十分な知識をもち、インド以東に出現した史上最大の英雄であると認識していた。それが現実の秀吉に会い、「ほとんど人間でなくなっている」ことに衝撃をうけたのであろう。

驚くとともに、ロドリゲーは自分の天職をおもいだし、「死後の世界として天国と地獄がござる。殿下は、そのいずれの世界にまいられたきや」と、対話法の説教をはじめた。

秀吉は、絹(きぬ)枕(まくら)をかさねてそれに背をもたせかけ、興味なさそうにきいている。やがて侍臣をかえり見、

「南蛮人に、米をやれ」

と言い、さらに、あの説教をやめさせろ、といった。死後、どこに行くかということについては、教えられなくても秀吉はきめていた。おそらく朝廷から大明神の神位をもらい、神としてまつられるだろう。それだけでいい。彼は多くの日本人と同様、無宗教で、死後の世界などに興味をもっていなかった。そんなことよりもかれの異常な関心事は、現世に残してゆく一子秀頼のことである。

―――秀頼の安全について、どういう保障の手があるか。

ということについて、もしこの西洋坊主が教えてくれるとすれば、目をかがやかせてきいたことであろう。

まとめ

いかがですか?

人に好かれる方法として、相手の関心のありかを見抜くことがいかに重要なのかが分かりますね。

反省点としては、私たちは、宣教師ロドリゲーと同じように、人と話をするときは自分の興味のある事ばかり話しがちになることです。

これは「人に好かれる方法」の観点から見ると、相手の好意を得ることがまったくできないやり方でしたね。

こちらが自分の興味のある事ばかり話せば話すほど、相手は秀吉のように不機嫌になり、面白くなくなってくるのです。普通は表情にそれをださないだけなのですね。

ついつい自分のことや自分の興味のあることばかり話してしまいがちな私たちに対して、カーネギーや司馬遼太郎は、相手の関心のある話をしなさい、と忠告しています。

このようにみてくると、人に好かれる方法というのは、自分のことは我慢して相手に合わせるということのようですね!

それにしても、この点に関しても、デール・カーネギーと司馬遼太郎の意見がピッタリと一致しているのことには驚かされますね!

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